小学校受験を目指すWMのお気持ち表明ブログ。

2017生まれ男児の母が書いています。

教育実習がなくても大丈夫。

11日、文科省は、教員免許取得に必須の教育実習について、大学の座学で代替できるとする特例を発表した。


教育実習に夢を抱いていた人に対してはお気の毒であるが、昨今、教員になりたい人は学生ボランティアとして、学校に来ることも多いと思うし「学校現場を何一つ知らないまま教員になる」ということは無いのではないか。また、何なら今からだって学生ボランティアとして新規に登録することはできる。


私が教育実習先で学んだと言えることは、指導案の書き方と説明の仕方だ。
指導案の書き方というのも今となっては忘れた。こんな事言うのは悲しいけれど、採用9年目、指導案書く場面はない。向上心のない教員には指導案が必要ないのだ。最後に書いたのは多分市教研で研究授業担当になった4年前か・・・。あ、去年道徳公開授業の時も書いたけれど、他の先生の指導案も見るに「お察しください」な出来だった。私もそれに倣った。そして指導案は、見る(指導する)人によって、詳細の勝手が違うのが厄介だ。「この文言を削れ。」「評価の観点を増やせ。」「いや2つまでだ。」「○をつけろ」「・をつけろ」「ここはナンバリングしろ。」等。
ただ、指導案が書けるというのは、授業をイメージできているということだ。「説明の仕方を学んだ」ということとも関係があるが、独りよがりな指導の手順ではなく、どういう言葉がけが相手にとってわかりやすいか、こう発問(質問)するとこう答えるだろう、では次にこれを訊けば・・・というシミュレーションが授業において大切だと思う。
説明の仕方についても、細かいことは忘れたが、「一文一義(文を長くしない。一つの文で伝えることは一つだけ。)」とか「全体像やゴールをまず示す」とか「手順は○つです。まず~・・・。次に~・・・。最後に~・・・。」みたいなコミュニケーションの基本でしかない。
そして、指導案にしても説明の仕方にしても、教育実習に行かなくても鍛えられるとも言えるし、実習に来たくらいでは身につかないとも言える。本当に教職を目指す志の高い若者なら教壇に立ってからでも遅くないと感じる。


ところで私は、教育実習先として、大学の附属中学校にお世話になった。附属中学校では、その役割として実習生の受け入れを担っているので、それはそれは多数の学生が詰めかけた。私はそのうちの一人であった。特に良いも悪いもなく、周りと同じ評価をもらい(多分)実習を終えた。大学三年のことである。
そして大学四年の春、今度は公立中学校に実習に行くのが慣例であった。単位に加算はされないが、経験を積むために行く人が99割であった。が、私は行かなかった。人生で最も卑屈を極めていた頃、友達は皆無だった。残念だけど私がうっかり見落とした情報は、私の全責任によって、回収されないのであった。斯くして、「経験を積むために単位に加算されなくても公立校に実習に行く。その間の大学の授業は誰も取らない(取れない)。」という情報を知らない私はいつのまにか申込期限も過ぎ、大学の授業を孤独に受けるのであった。
そんなわけだから、私が知らない実習の魅力が本当はあるのかもしれない。あってほしい。
ちなみに、暇になった私は、それこそ近場の中学校にボランティアをしに行ったり、適応指導教室にボランティアしに行ったり何だかんだガンバッタことは強調しておきたい。


教育実習は学校側(担当教員)の負担も大きい。私はまだ実習生を担当したことはないけれど、傍目に大変そうだとわかる。
ならばせめて「生粋の教育実習生で~す!100%教員になりま~す!!」という人を担当したいし、「生徒とSNSなどプライベートでつながる!?言語道断ですよ!」って言い切れる人に来てほしい。


こんな時代に教員になる人、素晴らしいと思うけど、力抜いて頑張りすぎないことが長くやる秘訣ですよ。上昇志向のある人は他業種へ。給料は頑張りで評価されません。