育児&育自diary

中学校教員、いきいきワーママ目指して頑張ります。

偏差値60の高校にまゐりたるとき

毎週2時間続きで「大学受験対策現代文」の授業をもっていた。
2つのクラスに分けて、他方担当の先生がリーダーとなり、教材を共有するのだが、教え方はそれぞれが自己流でとのことだった。


私はそのころ教員になって二年目、しかし初任校は関西の中学だったから、高校生を教えるのはその年が初めてだった。私の異色の経歴としては大学に2浪したということで、都合3度の大学受験を経験していたのだ。となればもはやセミプロみたいなものだと私は思う。
実際センター国語は現役で190点だったので、まあまあ大学受験現代文には自信があったのだ。


初めての講座では何を教えたのだったか覚えていない。しかし、第二回目の始まりに何が起きたかは今でもよぉぉく覚えている。



おっ?










少なっ…







みんな





どこへ













あーたたたた
今でも思い出すと辛い。

受験生の「あーこの先生はずれだわ。次からブッチしよ。」そんなため息混じりのつぶやきが聞こえてきそうな。


最終的に受講者は5,6人ほどになった。
4回目辺りでリーダーが教材を寄越すのが授業直前になり、教材研究もろくにできないので自分で教材を選び始めた。
毎週、憂鬱な気分だった。
骨太の作品は読み解くのも体力がいるし、授業プリントを作成したりするのも時間もかかり、心血注いでも「私はハズレ認定教員だ」という惨めな思いが募った。



もう5年以上前の話だが、受験期になると思い出す。


ちなみにその学校の思い出第一位は、私の担当クラスの平均点が著しく低いのが毎回の教科会で問題になったことです。

この学校は一年で辞めました。
今はひっそり公立中学校の教員をしております。

ちなみにフィクションです。